運動とスポーツの生理学<改訂2版>

運動とスポーツの生理学<改訂2版>

体育・スポーツ・健康科学テキストブックシリーズ

【著者】 北川 薫(中京大学 学長・教授)
【発行日】 2009年5月2日刊行
【ISBN】 978-4-902109-14-6

【価格】 定価2,415円(税込)

 

 

 

 

 

 

 

 

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【序文】
改訂によせて

 本書は、著者が体育学部の2年生を対象に30年近くにわたって運動・スポーツの生理学の講義を行ってきた内容を軸としてまとめた教科書である。内容はさほど斬新なものでないが、著者自身の経験から、運動やスポーツを専攻する学生にはこれくらいは知っていてほしい、また、これくらいを知っていれば次のステップでもさほど苦労はしないであろう、という内容である。数学でいうところの必要・十分条件を満たす内容と考えている。

 運動・スポーツの生理学の流れを簡略に述べれば次のようになろう。人の体への興味が根本にあるのは当然のことだが、方法論的に構造と機能に分かれてこの分野は発展してきた。解剖学と生理学である。医学では、両者で基礎医学を構成する。もちろん、解剖学と生理学は必ずしも単純に二分できるものではない。むしろ、運動やスポーツの科学に興味を持つ者は、どちらも不可欠、と心得ておくべきである。この生理学は基礎生理学と応用生理学に分化し、応用生理学から特化したのが運動生理学である。他に特化したものには臨床生理学、環境生理学、宇宙生理学などがある。また、運動生理学と表裏一体にあるのが労働生理学である。

 一方、解剖学は運動・スポーツ科学においてはバイオメカニクス(ただし、バイオメカニクスは生理学と密接な関係にあり、単純には分離できないが)へと発展した。また運動生理学はスポーツ生理学へと展開してきている。なお、生理学そのものにおいても生化学、分子生物学へと展開してきている。なお、生理学そのものにおいても生化学、分子生物学へと生命の根源を目指して遡及していった。科学の進歩は一般に細分化、分析の道をたどるのである。

 これに関連して、かつて恩師の一人の石河利寛先生から伺った話を思い出す。先生は第二次世界大戦後、東京大学医学部の生理学教室にて研究にいそしんでおられたが、生理学の勉強をしようにも人を対象とした研究が極めて少ないことにがっかりしたそうである。あれこれ手を尽くし、労働生理学を含む応用生理学国際雑誌、という名のドイツの"Internationale Zeitschrift fur angewandte Physiologie Einschliesslich Arbeitsphysiologie"(現在の"European journal of applied physiology and occupational physiology")に、人を対象にした論文が多く掲載されていることを知って、この雑誌を中心に研究を進めたとのことである。今のようにインターネットで簡単に調べることができない時代であったから、なかなかの御苦労があったことであろう。今でもそうであるが、生理学の教科書にある基礎的資料の多くは、人から得られたものではない。スポーツマンでもあった先生が基礎生理学から飛躍をされたきっかけは、全体的な人の動きに興味を持ったことにあったと推察している。これは上述した科学の細分化とは、ある意味で逆の進化である。

 また、著者の直接の恩師である猪飼道夫先生は、体力についての生理学的解釈のヒントを、イギリスの数学者であり生理学者であったヒル(Hill, A.V.)博士から得たとのことである。わが国での体力科学への猪飼先生の貢献を考えると、その影響は猪飼先生個人レベルにはとどまらない。その後のわが国の体力科学の展開において、単なる動物とは異なる人の体力(体力発揮には明確な意思が必要である。猫の体力、との表現は考えにくい)を考える上での重要な基盤が明示されたことを意味している。さらに、神経生理学を専攻していた先生は、本書にもあるが、体力発揮にかかわる中枢神経系の役割を明らかにした。ただし、スポーツについては、人の中枢神経系の研究はまだまだ不十分である。人に固有の文化であるスポーツを科学的に解明していく上で、中枢神経系が果たす役割を解きほぐす研究が不可欠である。

 運動・スポーツ生理学、体力学の第一世代ともいうべきこれらの先達の考えの基本には、人としての全体像としての能力を知りたい、という考えがあったはずである。運動は犬や猫でも、ミミズでもするが、スポーツは人にしかできない。しかも、トレーニングのように、強い意思を持って、自分自身(の満足のため?)に負荷をかけていく行動は、他の動物には見られない。人が調教することはあっても、猫自身が筋トレをすることは想像できない。ほとんどの生物は、変化する環境に受動的に適応せざるをえなかった。気候が変化すれば、それに適応した生物だけが生き残り、さもなければ生きていける新しい環境を探して移動していったのである。

 本来、摂食行動が終われば動かないのが動物である。運動は捕食のための行動であって、基本的には種の保存行動と考えるのが適切であろう。しかし、人は自ら好んで尋常ではない環境に挑み続ける。前頭葉が発達した人の創造力と向上心がなせる業に違いない。未知への挑戦といってもよいであろう。生きるための運動と、人間文化としてのスポーツとの違いはここにある。

 ところで、私の博士論文のテーマは肥満者の脂肪量と体力の関係についてであったが、その研究をしているときに気付いたことは、人の肥満問題は決してなくなることはない、ということである。動物は食べなければ死ぬ。したがって、摂食については強力な本能を持っている。一方、エネルギーを無駄に消費しないためには、余分な運動をしないことが理にかなった行動様式である。人は食べてごろ寝が本性、と考えるのが適当である。運動をすること、させることがどんなに大変なことかを思い起こせば、本能が持つ強靭さに、否が応でも気づかされる。その意味では種の保存とは別の次元の本能に基づく運動がスポーツである。

 運動とスポーツ、どちらも似たような行動はあるが、根本的には大きな違いがある。石河や猪飼の思考の根源には、まさにその点の認識があったに違いないであろう。

 

 本書は、もともと基礎的な内容に終始し、低学年の学生が、1セメスター15回ほどの授業でりかいできるように構成してある。今回の改訂に当たっての着目点はいくつかある。第1は、文章表現も含めて、より分かりやすくしたことである。第2は初版に若干の削除と追加をしたことである。追加をすることは簡単だが、1セメスターという制限を考慮すると、大幅な追加は適切ではない。

 ところで、教科書的、という表現はよく用いられる。型どおり、という意味である。本書もまさにそのとおりである。本書で用いた資料のほとんどは≪平均値≫である。しかし、≪平均値≫的な人は実際にはいない。いろいろな測定をしてみるとそのことが分かるはずだ。教科書の知識を活用するにあたっては、≪平均値≫を知るとともに個人の能力には幅が大きいことを脳裏にしっかりと刻んでおくことである。エリートアスリートには、平均値はありえない。

2009.3.20.

北川 薫

 

本書の執筆に当たって

体育学部で運動生理学、スポーツ生理学の講義と演習に携わって20年余が過ぎた。医学の基礎分野の生理学にその源があることは間違いないが、運動・スポーツの生理学での展開はすでにその伝統的な領域と概念を越えている。今日では、運動とスポーツの科学の根幹として一大領域を占めるに至っている。

人の動きを科学的に解明することは極めて難しい。人の動きを考えてみると、大きく二つに分けられる。一つは代謝系である。このメカニズムはすでにかなり解明されており、近年での健康のための運動分野において、あるいは体力向上のための基礎トレーニングプログラムでの基盤となっている。いま一つは脳・神経系である。運動の技術や動きの読みに関連する分野であるが、人の動きを科学的に解明する難しさはここにある。特に、スポーツの指導者が科学に物足りなさを感ずるのは、この分野の未解明の所為である。

スポーツを大きな面、あるいは立体として捉えた際、この分野は点に過ぎない。しかし、その知識と実践を支えに、想像力を働かせることにより、運動とスポーツを理解できることは、指導者として無上の喜びになるであろう。

最後に、本書をよりよく理解するための締めくくりを述べよう。運動やスポーツの生理学は生理学、あるいは解剖学、さらには生物学や物理学など、多くの科学分野に基礎を置いて発展した分野である。本書で分かりにくいことがあれば、是非、そうした分野に立ち戻ってほしい。スポーツ科学には、総合的な知識が必要なのだから。

著者

 

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【目次】

1章 体力の概念

  1. 体力の解釈
  2. 体力の測定

2章 運動とスポーツの背景

  1. 神経系
  2. エネルギーの産生
  3. 筋系
  4. 酸素運搬系
  5. 環境
  6. 栄養
  7. 人体の大きさ
  8. ウエイトコントロール

3章 体力の測定

  1. 形態
  2. 機能-神経・筋-
  3. 機能-全身持久力-

4章 トレーニングとその効果

  1. トレーニングとは
  2. 神経系への効果
  3. 筋系への効果
  4. 酸素運搬系への効果
  5. 身体組成への効果

 

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