乳酸と運動生理・生化学
体育・スポーツ・健康科学テキストブックシリーズ
【著者】 八田 秀雄(東京大学 准教授)
【発行日】 2009年2月刊行
【ISBN】 978-4-902109-15-3
【判型】 B5
【ページ数】 168
【図表】 109
【価格】 定価2,730円(税込)
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【はじめに】
私は大学院生の頃から、乳酸は酸化されるエネルギー基質であるという研究をずっとやってきました。乳酸は老廃物ではなく糖を利用する途中でできるエネルギーです。乳酸ができるのは糖を多く利用するからで酸素がないからではなく、乳酸ができる運動が無酸素運動でもありません。運動の疲労は乳酸のせいであるとされてきましたが、実際には多くの場合乳酸が主たる疲労の原因ではありません。こうしたことは次第に知られるようにはなってきたとは思いますが、大学で使われるような運動生理学の教科書には、ようやく「乳酸が老廃物や疲労の原因ではないという見方も出てきている」というくらいでしょう。そしてほとんどが強度の高い運動は無酸素運動としています。私が授業で1学期間運動の講義をする時には、糖や脂肪からのエネルギー供給を考え、乳酸の本当の姿を説明し、LTや持久的トレーニング、疲労、といった応用に進み、健康増進のために運動を取り入れる必要性でまとめるような進め方をしています。エネルギーとしての糖と乳酸を語り、無酸素運動はあり得ないという講義をしているのに、その授業の教科書や参考書に、乳酸ができるのは無酸素運動とか、乳酸が疲労の原因と書いてあるものを指定するわけにはいきません。そうなるとこれは自分で教科書を作るしかないと考えるようになりました。おかげさまで私はこれまで乳酸に関する本を何冊か出すことができました。ただし授業の教科書というと、もう少し幅広い内容があった方がよいとも思います。そこで市村出版にお願いしてみて、教科書としての使用を想定してできあがったのが本書です。
本書の構成としては、最初の4章が運動生理の基本編、次が糖と脂肪を中心とするエネルギー代謝の基本編、最後が乳酸代謝の応用編というようにしました。1章が1回の授業くらいを想定していますが、時間数、学生のレベルや経験によって、前半部分などをカットしていただければ、よいのではないかと思います。一方教科書というにはあまりに断定的な記述が多いのではないか、学問的に本当に正しいかはまだわからない点があるのでは、というご批判もあるのではないかと思っています。ただしだからといってそれで書かないならば、結局は乳酸ができる運動は無酸素運動、疲労は乳酸のままです。1つの運動時の代謝の見方として、本書に書いた様な見方ができるということは言っていかないと何も変わりません。加えて大事なことは教科書が絶対正しいと思ってはいけない、教科書であっても科学の進歩と共に変えるべき点は変えていくということと思います。ところが運動生理の教科書は、この30年くらいあまり変わっていないように見受けられます。ここで運動生理生化学の教科書とするには、本来ならば脳のことも含めるべきと思います。また代謝でも他の専門家の方々と共同で作り上げると内容が深まってよいとも思います。しかしそれは今後の目標とし、本書は私が扱える範囲に限定しました。脳に関することや、また別の見方や別の分野からの運動生理生化学の本がさらにできてよいと思います。
教科書のような本はどうですか、とこちらからお願いして承知していただいたのに、いざ書こうとすると全然はかどらず、少し書いては放っておくことを繰り返していました。しかし「乳酸がたまった筋肉に」といったテレビコマーシャルが流れたり、「400mは無酸素運動の極致」と叫ぶアナウンサーがいたりで、これは何とかしなければとやる気が出てきました。授業で脱線して話すような逸話的な内容も加え、もう少し平易にしようと思ってから進み始め、ようやく出版することができました。終わりに大勢の方々にはデータをいただくなど大変お世話になりました。ここに記して感謝します。
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【目次】
1章 酸素摂取と二酸化炭素の放出
- 肺胞
- 酸素分圧により酸素がヘモグロビンと弱く結合する
- 動脈血の酸素飽和度は平地では97%
- 酸素飽和度の変化
- ミオグロビン
- 二酸化炭素
- 息を吐くことも大事
- 高圧高酸素カプセル
2章 血液循環と酸素摂取
- 動脈—静脈
- 心拍出量
- 心拍数から運動強度を求める
- 静脈還流
- 心拍出量はどのくらい
- 運動すると血液は筋肉へ多く行き、肝臓や腎臓へは余り行かなくなる
- 血圧
3章 酸素摂取量
- 酸素を利用するのはミトコンドリア
- 1リットルの酸素からできるエネルギー
- 運動強度の表し方
- 運動強度と酸素摂取量
- 100%を越える強度
- 酸素摂取量の運動開始時の変化
- 酸素の貯めであるクレアチンリン酸を使う
- 運動後の酸素摂取量
- 走行時歩行時のエネルギー消費
- 歩く場合のエネルギー消費量
- 階段歩行は有効
4章 骨格筋と心筋の特徴
- 筋肉は可塑性が高い
- 筋肉は筋線維からなる
- 魚で考えてみる
- 遅筋線維と速筋線維の比率はある程度遺伝的に決まっている
- 筋の長さから筋収縮には3種類ある
- 筋だけでなく腱も重量である
- 太いほど力は出るが比例はしない
- 筋肉の肥大と萎縮
- 筋肉痛とトレーニング
- 筋肉が増えると脂肪燃焼?
- 心筋
5章 糖の代謝経路
- 酸素反応が何段階も続いていって分解される
- リン酸がつくことが大事
- PDHを経てミトコンドリアのTCA回路へ
- 酸素があっても乳酸ができるわけ
- 乳酸ができるのはNADを供給するため2ATPではない
- グリコーゲンの代謝
- グリコーゲンの合成
- グリコーゲンローディング
- グルコースの取り込み
- グルコース輸送担体移動の仕組み
- 肝グリコーゲン
- 筋グリコーゲン合成の方が肝グリコーゲンよりも優先される
- 肝臓では糖を新たに作れる
6章 脂質とアミノ酸の代謝経路
- まず脂肪分解
- 脂肪酸は血液から筋へ
- ミトコンドリアへの取り込み
- ベータ酸化からTCA回路へ
- 不飽和脂肪酸
- 中鎖脂肪酸
- アミノ酸とは何か
- エネルギー源としての役割は小さい
- 即効性あるタンパク源の可能性
- アミノ酸は調整役を果たす?
7章 糖と脂肪の利用
- 水に溶ける溶けない
- グリコーゲンでも水が必要になる
- 糖はタンパク質にくっつきやすかったり、血管を損なう
- 脂肪は1kg=7000kcal?
- 呼吸交換比
- 運動強度と呼吸交換比
- 強度と糖と脂肪
- なぜ糖利用が高まり脂肪利用が低下するのか
- 脂肪の輸送が低下する
- 20分たたなくても脂肪は利用される
- 糖を利用することが脂肪の減量に無駄ではない
- 糖の減量はさける
8章 乳酸の産生と無酸素状態
- 乳酸は無酸素状態の反映?
- 酸素がないからではなく、糖分解が進むから乳酸ができる
- ミトコンドリアより糖分解
- 糖分解のキーポイント
- 酸素供給のように見えるのも実は糖分解
- ダッシュやスパートで糖分解が高まる
- 糖分解の高進は数秒で起こるが長持ちしない
- 素早いイオンの移動には解糖系
- 糖分解で考える
9章 乳酸の酸化
- エネルギー源としての乳酸、ピルビン酸
- 乳酸脱水素酵素
- M型でも乳酸酸化にも働ける
- 筋グリコーゲンの乳酸を介した配分
- 動的回復
- 細胞内乳酸シャトル
- NADHの運搬
- 神経での乳酸シャトル
- ミトコンドリアの増殖とPGC-1α、MCT1、乳酸
10章 LT(乳酸性作業閾値)
- 糖の利用高進=LT
- LTは酸素が足りないから起こるのではない
- LTから糖分解と利用が高まる
- LTから身体の負担が高まる
- LTの判定
- OBLA
- 歩行や自転車走行でのLT
- 換気量の急激な上昇開始点
- LTとVTとは同じメカニズムによらない
- 換気量は回数ではない
- LTは身体の負担が高まる運動強度として重要
11章 乳酸輸送担体MCT
- 乳酸の細胞膜通過
- MCT1
- 運動以外の観点からMCT1
- MCT2
- MCT4
- 他のMCT
- 乳酸/H+共輸送と乳酸の運動中の取り込み
- MCTの局在
12章 運動時における疲労
- pH低下の過大評価
- 乳酸だけでは疲労は説明できない
- 乳酸ができないから疲労している
- 疲労を区別する
- リン酸
- カリウム、ナトリウム
- 筋グリコーゲン
- その他の疲労をもたらす要因
- 予選より決勝の方がタイムが悪い
- 運動翌日の疲労
- 交感神経の働き
- オーバートレーニング
- 運動の快さ
- 日常生活の疲労と運動の疲労とは違う
- 糖を利用できることが疲労を軽減する?
- 乳酸測定は疲労の原因ではなく結果として利用する
13章 無酸素運動はありえない
- 無酸素運動がありうるのか
- スプリント中における酸素摂取のこれまでの説明
- 運動後の酸素摂取量を酸素負債としていることに誤りの元がある
- 酸素負債という用語は誤り
- 400m中の酸素利用は需要量の半分
- 短距離走は酸素摂取によるエネルギーが一番大きい
- クレアチンリン酸と「酸素の貯め」
- 貯めの量
- 400m後半では3/4が酸素利用のエネルギー
- 短距離走は速度が一定の割合で低下していく
- 呼気ガス測定では過小評価している可能性
- 3つの系で考える限界
- スプリントトレーニングをどう考えるか
- 苦しければよいとは限らない
14章 持久的トレーニングや発育加齢によるエネルギー代謝の変化
- 血中乳酸濃度が低下する
- なぜ乳酸産生が減るのか
- 速筋線維に遅筋線維の性質を持たせる
- 最大酸素摂取量とLTの効果
- 持久的トレーニングの三要素
- 早い段階でのトレーニング効果
- 中距離選手の持久的トレーニング
- 球技の持久的トレーニング
- 年齢に応じたトレーニング
- 発育によるエネルギー代謝の変化
- 加齢による機能低下は年1%程度だが、トレーニング効果もある
15章 クエン酸やビタミンB1摂取と乳酸代謝との関係
- クエン酸で乳酸をなくして疲労回復?
- クエン酸でクエン酸回路は高まらない
- 緩衝能力に効果の出る可能性はあるが実際には多量にとれない
- 運動時の疲労と日常での疲労の混同
- ビタミンB1と疲労
- ビタミンB1は血中乳酸濃度を変化させない
- 健康情報に冷静な判断を
16章 運動の効果
- 運動不足
- エネルギー消費が増える
- エネルギ消費増加なら活動を増やすことも
- 脂肪だけでなく糖も利用する
- 運動で体内環境が良くなる、筋肉が増える
- 血液循環が良くなる、血圧が下がる
- 運動で気分が良くなる
- 減食も有効だが、運動ほどの効果は得られない
- 大学生の成長期
- どんな運動をすればよいか
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